ユキツバキ 私【オジ(ryuzi)】の幼かったころ、少年のころのふる里「樽本」を日記でつづります。 遠い昔の記憶を想いおこしながら、時代もテーマも
特にすじ立てなくご紹介します。

また、暮らしの話題、ふる里への思いなども、折々にご紹介いたします。

原風景、歴史や伝統、樽本温泉、暮らしなど、近未来の樽本に少しでもお役に立てればと思い、また、夢もこめて・・・。

併せて、今は神奈川県に住み趣味ですべてを手造りした野趣の庭
山野草、庭木、小さな生きモノ なども、写真でご紹介します。

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            【 2010年弥生3月1日 樽本のオジ(ryuzi)
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2011年8月28日(日)
記憶のアルバム ( 花火 )

 
 s20年代の子供のころ、樽本で花火を楽しめるのは年に一度、お盆でした。
 その花火も、精々、線香花火と太さ割り箸ほどの手持ち花火でした。
 
 花火が手にはいる当家のルートには、記憶では三つありました。
  ・ 東京で働いている兄たちの、お盆の帰省お土産。
  ・ 富山の薬売り ( 2月9日の日記でご紹介 ) から、まれに線香花火がもらえた。
  ・ 8月9日の日記 「お盆」 でご紹介の 「お寺境内でのオバサンの出店 」 で買う。
 
 このうち「 お寺境内の出店」 で買えるのは、当時の子供の購買力では極めて
 限りがありました。

 当家では兄たちの帰省お土産の花火が、嬉しかった想い出の一つです。
 
 東京の区立中学校に3年から転校して間もない夏、兄に連れられて隅田川花火
 を見に行きました。

 初めて見たあの大きな花火の感動は、今も記憶にハッキリと残っています。
 
 ・ 【 写真は、今年8月27日開催、隅田川花火大会の撮影です。
 
   二つの花火会場から1時間半、途切れなく競うように華々しく展開されました。
   第1と第2の、二つの花火会場からほど近いビル6階から、当日、楽しませて
   いただきました。
  

 

2011年8月23日(火)
記憶のアルバム (8月27日~28日)

 
 樽本の昔、この二日間は 「おシチヤ (お七八) 」 と呼ぶ村のアスビ日 (公休日:
 樽本の方言) で、8月15日~16日のお盆と同じような行事がありました。

 
 昼は村の大人たちがお寺で、遠くから迎えたお坊さんのお説教に聞き入りました。
 夜にはお寺の境内に大人たちがつどって、遅くまで盆踊りを楽しんでいました。
 
 この二日間が過ぎると大人たちは、『  お盆も終わった、おシチヤも終わった、
 祭りじぶんにゃ雨が降る。』 と、よく口にしていました。

 
 祭りは9月14日、その前には台風が良く襲来する季節の言い伝え 「二百十日
  (ニヒャク トオカ)」 の
9月1日がありました。
 
 秋の雨季入り前に、収穫への備えを怠りなく進める家族の合言葉であったよう
 に思います。

 
 ・ 8月の花 【 写真は、ヒツジグサ (未草) です。小雨、8月20日の撮影です。】
 
    名前の由来は、未 (ヒツジ) の刻 (午後2時) に咲くからと聞きます。
    水面上のツボミは昼ごろから開きかけ、花は夕刻には閉じてしまいます。
    子供のころフナ釣りに良く行った樽本の、「アカイケ (赤池)」に ジュンサイ
    などと共に自生していて 「 ヒメスイレン (姫睡蓮) 」 と呼んでいました。

  

2011年8月20日(土)
信州へ。

 
 今年のお盆はリンゴ、梨、ブルーベリーが専業で、大型観光バスなども受け
 入れておられる信州の果樹園で過ごさせていただきました。

 
 ブルーベリー狩り期間は終わっていましたが、まだまだ、たくさん残っていて
 大いに楽しませていただきました。

 
 リンゴと梨は、生育が一週間ほど遅れていて間に合いませんでした。
 ただ、その後のHP情報によれば、梨狩りを始めたとのことです。
 
 異色に楽しめたのは、飼育して楽しんでいる趣味の一つ昆虫採取でした。
 裏山の奥、自然林で大型のカブトとノコギリクワガタが、面白いように採れて
 感激でした。

 
 昆虫採取の帰り、たくさんの野ザルが路上に群れていて急停車させられる
 ハプニングも。

 あれこれと、楽しい四日間でした。
 
  写真は、お世話になった果樹園です。8月15~17日の撮影です。】
 
   左: たくさん残っていた、おいしいブルーベリーです。
   中: 果樹園入り口。駐車場からの眺めです。
   右: 早熟種のリンゴは少し色づいていました。
 
 

2011年8月9日(火)
記憶のアルバム ( お盆 )

 
 今年もお盆が近づきました。
 子供の頃のs20年代、1年でもっとも楽しかったのが8月のお盆でした。
 都会などに行った人たちが里帰りして、村の人口が少し増える一時期でした。
 
 春から厳しい田畑仕事に明け暮れていた大人たちには、お盆はその疲れから
 解放される数日のアスビ日 (樽本方言で公休日) でした。
 子供たちには日ごろ機会の少ない、大人たちと触れ合える楽しみがありました。
 
 昼は、老若男女の多くがお寺に集まって、遠くから迎えたお坊さんの話しに聞き
 入りました。

 夜は、お寺の境内に大人たちがつどって、遅くまで盆踊りを楽しんでいました。
 
 お寺の鐘つき堂の下には、毎年お盆の間、遠い町からオバサンが来てゴザに
 オモチャなどを並べて売っていました。
 メンコ、花火、水鉄砲、コマ、カンシャク玉などなど、いろいろな想い出があります。
 
 ・8月の花 【 写真は、イナホ (稲穂) です。 8月8日の撮影です。】 
 
   昨年夏、庭で育てた一株の稲を、この日記でご紹介しました。
   その鉢の刈り取った株から今年春、 新芽を出しこのような穂も出ました。
   樽本では、昔、お盆までに稲穂が出れば豊作と言われていました。 

 

2011年8月4日(木)
リンク設定

 
 樽本在住とOBの方々、多くの諸先輩から得た貴重な記録や記憶をもとに、
 このHPを構成していますが、まだ、ご紹介残りがたくさんあります。

 
 この貴重な情報と自分の記憶を交えこの6月から、しばらく 「記憶のアルバム」
  とサブタイトルをつけて 「オジ(ryuzi)の日記」 を続けております。

 
 このことから、このたび6月にさかのぼってHPとの関連ご紹介の 「リンク設定」 
 をいたしました。

 どうぞ、ご利用ください。
 
 ・8月の花 【 写真は、ナツスイセンです。 8月1日の撮影です。】
 
  樽本の方言で 「チチコ」 と呼んで、花の咲かない球根植物と思われていました。
  樽本から移植して、真夏に花を咲かせてくれることを知りました。
  
  葉も球根もスイセンそっくりですが、葉は少し幅広で長めです。
  樽本のチチコは家の周りや土手など、雑草の中に固まって生えています。
 
  子供のころの夏、葉を良く揉み洗うと表皮のみ袋状で残り、それを膨らませて
  遊んでいました。

 
 

2011年7月28日(木)
記憶のアルバム (オニユリ)

 
 季節はずれですけれど、オニユリの花が咲くと正月料理を想い出します。
 s20年代子供のころ、正月のオセチには 「ユリの根料理」 がつきものでした。
 
 農家であった生家の正月料理は、素材の殆どは自前の農産品でした。
 中でも盛り付けの中のユリの根は、今でも忘れられない正月料理でした。
 
 ユリの根を一片づつにかき分けて、その形のままの姿料理でした。
 栗のようなホクホクとした歯ごたえと、ほのかな甘みは今でも忘れられません。 
 
 ・7月の花 【 写真は、そのオニユリです。7月27日の撮影です。】
 
   樽本では、畑の隅などに植えて秋には掘り起こして食用にしていました。
   遠い昔のこと、食用として中国から渡来したとも聞きます。
   
   写真の右は、葉の付け根にできる 「ユリの赤ちゃん」 ムカゴ (;零余子) です。
   姿かたちはユリの根そのもので、食用にする例もあると聞きます。
   地面に落ちると発芽~成長して、数年で花をつけます。  
  

2011年7月22日(金)
記憶のアルバム (ツバメ)

 
 樽本のかつての昔、今の時期には生家周りの田んぼの稲は株立ちも増えて、
 水面が見えないほどに青々と育っていました。

 
 その育った稲笹の葉先すれすれの低空を、たくさんのツバメたちが飛び交って
 エサの虫捕りをしていました。

 
 生家に飛来するツバメは、トマグチ (玄関) と ウマヤ (厩) の天井に二組巣作り
 するのが毎年のことで、その訪れが季節の知らせでもありました。

 
 ところが先日の里帰り (7/12の日記) では、少ない滞在日ではありましたが
 ツバメの飛び交う姿を一羽も見ることができませんでした。

 ツバメは、人の生活との共生動物の一種とも聞きます。
 住む人、民家の激減が理由なのかも知れません。
 
 【 写真は、2年前の2009.7.29の撮影です。
 
 里帰りのおり、樽本温泉の軒下で子育てしていた姿を写しました。
 今年は、その姿が・・・。

2011年7月16日(土)
記憶のアルバム (ホタルとカエル)

 
 樽本では、ホタルが見られなくなったと昨年までは聞いていました。
 ところが先週の里帰り (7/12の日記) のおり、お世話になった親戚のお年寄りが
  「ホタルが帰って来た」 と話してくださいました。

 
 その親戚の家は、昔の私の生家と直近で庭先の崖下に川がありました。
 子供のころ今の季節には夕食の後に、その川沿いの道でよくホタル狩りを楽し
 みました。

 
 「 ホーッ ホーッ ホータル コイ 」 と、ホタルを追った子供のころの想い出ばなし
 を夜遅くまで続けさせていただきました。

 
 もう一つ、何十年も忘れていた懐かしい 「子守り唄」 で休ませていただきました。
 ごくわずかに残る田んぼで、就床時間ごろから一斉に 「ケロケロ」 とカエルの
 大合唱が始まりました。

 
 耳障りな騒音ではと親戚の方が気づかってくださいましたが、昔々、子供のころ
 樽本の夜を想い起こして休ませていただきました。

               ------------------------
 
 ・ 7月の花 【 オボンバナです。7月13日の撮影です。】
 
  ミソハギが正しいのですが、子供のころから 「お盆花」 と教えられていました。
  樽本では旧盆の8月中ごろに咲いて、お盆のお供え花として使われていました。
 
 

2011年7月12日(火)
記憶のアルバム (里がえり)

 
 樽本にお住まいの方から声がかかり、先週末から里帰りして来ました。
 宿は上樽本に今もお住まいの親戚 (87歳) の家で、懐かしい樽本の味をいただ
 いてきました。

 
 HPでご紹介していますように、樽本はいま、少人数化と高齢化の大きな課題を
 抱えています。

 このたびの里帰りは、樽本と近隣にお住まいの方々による、新しい取り組みへ
 の招きでした。

 
 奥越後の原生林の山々にかこまれた山里の樽本。
  ・ 自然の維持、その環境保護
  ・ 数多い歴史遺跡や遺構の維持管理
  ・ 伝統の生活風習など後世への継承
 ほか積極的に意見を出し合い、再度の会合日を一週間後に決めていました。
 
 自分たちに出来ることから、小さいことでも、一つ一つやり遂げる考えでした。
 今後の具体化の展開を大いに期待しています。
 支援して参りたいと思っております。
 
 【 写真は、このたびの里帰りでの撮影です。
 
 左: 早朝、オープン前の樽本温泉です。 撮影7月10日  
 中: 昔、境内で盆踊りが盛大に行われたお寺 「真宗寺」 です。撮影7月10日
 右: 昔、祭りで華やいだお宮 「神明社」 です。撮影7月11日

2011年7月4日(月)
記憶のアルバム (土路の屋号)

 
 先にご紹介の下樽本から北に≒2km、標高≒340mに土路集落があります。
 これまでにご紹介の4集落の中で、もっとも標高が低く樽本地域への玄関口です。
 
 急流が下って川が瀞 (トロ) 場になる地形から、地名が土路 (ドロ) になったと
 伝えられています。

 四つの集落の中で、川を挟みながら唯一ほぼ平坦地の集落です。
 
 【 写真のMAPは土路の家々の概要です。
 
 家々と屋号・地名の調べを終えて、そのまとめに手間取っています。
 いずれかの機会に屋号MAPを、ご紹介させていただきます。
 s30年代前半には生活家屋37軒、お寺、学校、集会所がありました。
 
 土路には新潟県指定 埋蔵文化財の五輪塔郡、s20年代前半まで続いていた
 多くの炭鉱穴跡、エボ石と呼ばれる奇形岩ほか、多くの歴史の跡があります。

               -----------------------------

 【 7月の花。 7月2日の撮影です。】
 
  写真中央: ソバナです。 樽本の方言ではヤマナと呼んで、早春の雪どけ
                  直後の山菜です。

  写真の右: ゴウヤです。 この夏のグリーンカーテンを目指しています。 

2011年6月27日(月)
記憶のアルバム (下樽本の屋号)

 
 先にご紹介の中樽本の北隣り、標高600m弱、西向きの傾斜地に下樽本の
 集落があります。

 隣りの中樽本との中間地点に大きな地すべり地帯があって、昔から対策に
 追われて来ました。

 
 飛び地の小集落 「ボタムキ」 が、昔は下樽本の 「本集落拠点」 であったとの
 伝説があります。

 何らかの事情で、今の地に集団移住したとの言い伝えです。
 
 【 写真のMAPはs30年代前半での、下樽本の家々・屋号・地名などです。
 
 MAPの1枚は、90度回転して掲載しております。
 生活家屋はボタムキを含めてMAP記載40軒、残る5軒は立地点の確認が未了
 です。

 
 下樽本にはジョウ (樽本城址)、薬師堂のほか、新潟県指定 埋蔵文化財の
 五輪塔郡など多くの歴史遺跡があります。

             ------------------------
 
 ・6月の花 【 写真の右はナンテンです。6月23日の撮影です。】
 
 「 難を転ずる 」 と言われて、ナンテンは縁起の良い庭木として広く親しまれて
 います。


2011年6月21日(火)
記憶のアルバム (中樽本の屋号)

 
 先にご紹介の上樽本から北方向に離れて、標高≒600mに中樽本があります。
 南向きで、四集落では雪どけの春がもっとも早く訪れます。
 
 太古の昔、山の地すべりで形成したのでは、と伝えられる狭い地形から他の
 集落より生活家屋は昔から少なく推移しています。

 
 一方、中樽本には昔から、四集落を束ねる行政施設がすべて置かれていました。
 
 【 写真のMAPはs30年代前半での、中樽本の家々・屋号・地名などです。
 
 生活家屋は22軒、ほかには村役場、学校、郵便局、職員住宅、政府米倉庫が
 ありました。

 MAPの茶色の線は県道・村道・農道、緑の線は河川・用水路を表します。
 
 大昔の地すべり地域から外れた山並みには、幹周り≒6.4m 杉の巨樹をご神木
 とする 「お宮さま」、その先には 「八幡さま」 があります。

               -----------------------
 
 ・6月の花 【 写真の右: ガクアジサイです。6月15日の撮影です。】
   
  何年か前、知人から譲り受けた苗株が育って、今年も見事に咲いてくれました。

  

2011年6月14日(火)
記憶のアルバム (上樽本の屋号)

 
 南北に四つの集落で構成する樽本地域の南はし、標高がもっとも高い≒650m
 に上樽本集落があります。

 
 【 写真のMAPはs30年代前半での、上樽本の家々・屋号・地名などです。
 
 生活家屋が60軒、お寺、観音堂、共同作業所、公民館、火の見やぐら、他が
 ありました。

 県道と村道・農道は茶色の線、河川・用水路は緑で記した手書き原稿MAPです。
 
 このほか上樽本には、金鉱や石油の採掘跡、歴史遺跡の城平、東北電力の
 水力発電用取水口(現役)などがあって、MAPに記載しています。

 
 また近年、効用で人気を得ています 樽本温泉 はこの上樽本にあります。
 このMAP記載の 「鉱泉」 が、後の (今の) 樽本温泉施設となった源泉です。
 
 昔、この鉱泉を 「ヨノクチの水」 と呼んで、夏の冷飲料水として大いに親しまれ
 ていました。

  ・補足:  ヨノクチ  の語源は、「湧の口 (ユノクチ) 」 ではないかと想いを
        馳せています。 


2011年6月9日(木)
記憶のアルバム (s30年代の樽本)

 
 s30年代前半 (1950年代後半)、樽本に実在した家々について2005~2006年に
 調べて見ました。

 調べでは樽本の諸先輩、豊葦小・中学生時代の同級生から沢山のご協力を
 いただきました。

 
 樽本では昔から、それぞれの 「家」 には 「屋号」 があります。
 例: シタバンバ、シモノウチ、ソゴロウ、サンジロウ、マタジロウ、キゼムなどなど。
 
 その頃にあった家々の 「屋号・配置と当主名」、併せて周辺の地名も定型書に
 書き入れていただきました。

 地名の例: ヤチダ、ナイノ、ヘービツボ、カナグラ、ミヤザワ、ジョウなどなど。
 
 この屋号など手書き集落マップは、この先の日記で順を追ってご紹介させて
 いただきます。

 また昔からの樽本のアウトラインについては、HPでもご紹介しています。
 
 【 写真の左は、s39(1964)年5月撮影の上樽本集落の一部です。
 
     写真のカヤブキ屋根の家は、すでに取り壊されて今はありません。        
              -----------------------------
 
 ・6月の花 【 写真の右: ユキノシタです。 6月8日の撮影です。】
 
      s20年代の子供のころ、ハチに刺されたらユキノシタの葉を絞って塗ると
   良く効くと聞かされていました。

 
 

2011年6月6日(月)
記憶のアルバム (樽本峠)

 
 このHPトップページ掲載の写真 「樽本峠」 は、標高≒800mの地点にあります。
 昔から 「峠」 の地名で呼ばれていますが、HPでは 樽本峠 といたしました。
 
 樽本 (元の豊葦村) の四つの集落の内、二つの集落を県道脇から一望できる
 唯一つの絶景ポイントです。

 
 晴れて空気が澄んだ日には遠く日本海、その向こうには佐渡島も臨める幸運
 があります。

 夜には満点の星空、遠くには高田・直江津の市街灯がホタルのように見えます。
 
 周りに連なる自然樹林の山々、その季節の彩りはHP 「四季の見どころ」 でも
 ご紹介しています。

 
 【 写真の左は、1995年8月撮影の樽本峠からのながめです。
   
   手前が上樽本集落、前方が中樽本集落です。
   HPトップページ掲載の写真は2008年9月、同地点での撮影です。
   s20年代では上樽本≒60戸、中樽本≒20戸の集落でした。
            -------------------------
 
 6月の花 【ホタルブクロ
 
    写真の右は、樽本から移植の純白花のホタルブクロで6月5日の撮影です。
    樽本の道ばたなど草むらのいたる所で咲いていますが、一般には 
    「薄紅紫色の花」 が殆どで、純白花の自生地は数少ないとのことです。

  

2011年5月31日(火)
5月の花 (コウホネ)

 
 ふる里の樽本 (元の豊葦村) は、四つの集落で構成して昔の最盛期で170軒と
 の記録が残る奥深い山村です。

 
 その樽本に、近年まで素敵な日本庭園に囲まれた一軒がありました。
 家の周りには盛り土の土塀、大きな庭石を配した見事な池、樽本には自生して
 いない庭木などなど。

 
 いずれも純農村の樽本には、他に類似のない珍しい構えでした。
 s20年代の子供のころ、当主 「長いヒゲを生やしたお爺さん」 の自慢話しを聞く
 のが楽しみでした。

 
 【 写真は、今年も咲いたコウホネです。5月27日の撮影です。】
 
 当主 「お爺さん」 はこの 「コウホネ」 も、珍しい水生植物と自慢していました。
 その後の長い年月の間にも幾度が訪ねたおり、分けていただいた写真の
 コウホネが今年も咲いてくれました。

 
 コウホネは、浅い池などで良く見かけますが樽本には自生していません。
 太く白い地下茎で株が増えて、その茎が漢方薬の素材になると言われています。
             -------------------------
 
 ・藤棚のキジバトの巣
  2羽のヒナ鳥、今朝早くに巣立ちました。孵化して15日目の朝でした。
  親鳥並みに育った姿を写真にと思っていた矢先、アッケナイさびしい別れでした。
  

2011年5月27日(金)
5月の花 (サイハイラン)

 
 ふる里の樽本に自生するラン科の野生種は、シュンランとサイハイランの2種で
 はないかと思います。

 共に自生地は限られ集落まわりの標高700~800mの、薄暗い樹林の下に
 かつて数少なく生えていました。

 この自生地は、ひと昔ほど前に懐かしく山歩きした際にも再確認しております。
 
 山野草人気の近年、4月14日の日記にも記しました 「山シャクヤク絶滅」 の
 二の舞にならないことを願っています。

 
 【 写真の左: 今年も咲いてくれたサイハイランです。5月21日の撮影です。 】
 
 戦国の時代、大将が戦場で振るった 「采配」 に見立てて名づけられたと伝え
 られています。

 写真の新緑は、「イカリソイ」 です。実生から年々こんなに増え続けています。
                 ----------------------
 
 ・写真の右: 藤棚のキジバトの巣
      ヒナたちは、たくましく育っています。5月26日の撮影です。
      親鳥は巣に居つくヒマもなく、エサを運び与えています。 
 

2011年5月23日(月)
5月の花 (コンニャクの花)

 
 先日 (5月15日) 以来、ご紹介していますコンニャクの花がようやく開きました。
 丈も伸び続けて全高さ≒85cmになりました。
 
 「 好ましからざる強い臭い」 を発する、との予備知識で警戒をしていました。
 実際には開花初日 (20日) のみ、数メートル圏内にそれを感じる程度でした。
 
 写真の左と中央は、先日の写真とは向き反対側から、20日に写しました。
              花サイズは付け根から≒45cmと見事な大型です。
                  ------------------------

・『 藤棚のキジバトの巣 』
    二羽のヒナが育っています。親鳥が交代でエサを運んでいます。
    昨年は、この時期に外敵カラスに襲われたのですが、今年は無事にと
    期待しています。

 
    写真の右は、藤棚のアケビ蔓 (ツル) の葉の、すき間から5月22日に
             写したヒナ鳥です。

             親鳥が巣から離れた寸時、窓ガラス越しに見えました。
  

2011年5月20日(金)
5月の花 (ヤマボウシ)

 
 ふる里の樽本では 「イツキ」 と呼ぶヤマボウシが、今年もこのように咲いてくれ
 ました。

 街路樹などの 「アメリカ ハナミズキ」 に似ていますが、日本の純粋種です。
 
 「樽本峠」 の自然樹林では、神奈川より遅れて6月中ごろ、アッチコッチに白い
 カーペットを敷いたように咲きます。

 
 花の中央の実が秋には成熟して赤くなり、ほのかに甘い味を子供のころ好んで
 食べていました。

 
 写真の左と中央は、樽本峠から1mほどの幼木を移植して育てた今年の
          姿 (花) です。
 5月19日に二階から写しました。
 写真の右は、何年か前の6月中ごろ、樽本峠で写した自然林の 「イツキ」 です。
            ----------------------------
 
 ・『 コンニャクの花芽 』
    その後もツボミの茎が伸び続けて、丈≒80cmまでになりました。
 
 ・『 藤棚のキジバトの巣 』
    ヒナが誕生しました。何羽なのかは分かりません。
    ヒナはスズメほどにまで、大きくなっているようです。
 
 

2011年5月15日(日)
5月の花 (コンニャクの花芽)

 
 里から送ってくださった芋 (イモ) で、自家製コンニャクを作り美味しくいただいて
 いました。

 その中から一つ二つを何年か前に、車庫片すみの小さな花壇に植えていました。
 
 毎年、立派な茎葉を伸ばしていたのですが、今年は思いがけない花芽が伸びて
 きました。

 
 【 写真は、そのコンニャクのツボミです。5月15日の撮影です。】
 
 写真のツボミは、丈≒70cm で開花は何日か先になるようです。
 調べて見ますと、開花までにはもっと延びて丈1m は超すとのことです。
 
 また花ひらいた時には、好ましくない相当に強い臭いを発するとあります。
 とは言いましても、特に珍しい花ですので楽しみに期待しています。 
 
 『 藤棚のキジバトの巣 』
  今日も二羽交代で、抱卵を続けています。
  もう二週間になりますので、そろそろヒナ誕生かと期待しています。

2011年5月11日(水)
5月の花 (クリンソウ)

 
 昨年夏の猛暑で、庭の山野草がスッカリ衰弱してしまいました。
 中にはカタクリのように、姿が見えなくなった種類も幾つかあります。
 
 【 写真は、今年のクリンソウです。雨の日、5月11日の撮影です。】
 
 例年よりは、一週間ほど遅れての開花でした。
 年輪を経た何株かが、猛暑に耐えられず姿を消してしまいました。
 
 幸いにクリンソウはタネからの発芽率が良く、次の世代が毎年育っています。
 写真の花も数年前に、こぼれたタネから芽生え成長した姿です。
 
 写真のクリンソウは、ふる里の樽本にあった生家の軒下でs20年代から咲いて
 いた一株を譲り受けた、その何代目かになります。

 昨年4月末の日記でもご紹介いたしました。
 
 ・『 藤棚のキジバトの巣 』
  5月5日の日記からご紹介を続けています 「抱卵」 は、今日も二羽交代で続け
  ています。

  昨年も庭木に巣作りしたのですが、ヒナ誕生の直後にカラスに襲われてしまい
  ました。

  今年こそはと、見守っています。 
 
 

2011年5月7日(土)
5月の花 (オドリコソウ)

 
 s20年代、中学2年まで過ごした樽本 ふる里の四季、折々に楽しかった遊びの
 想い出があります。

 当時の遊びは、その多くは自然が相手でした。
 
 春の楽しみの一つに、自然の恵みを相手にした草花がありました。
 その花は樽本では、道ばたや田畑の周りなどに今も群生しています。
 
 【 写真は、その花 オドリコソウ です。5月5日の撮影です。】
 
 数年前に樽本から移植して、今年もこのように庭で咲いてくれました。
 この花の名前、樽本の方言で何と呼んでいたのか思い出せません。
 
 リング状に咲いている小さな花の一つ一つに、他には例がないほどの量の
 ミツがあって、その甘味のおいしさを今も憶えています。

 ( 昨年5月はじめの日記でも、ご紹介させていただきました。)
 
 ・『 藤棚のキジバトの巣 』   
   先回(5日)の日記でご紹介の 「抱卵」 は、今日も二羽交代で続けています。
 
 
   

2011年5月5日(木)
5月の花 ( フ ジ )

 
 5月初旬の花といえば、フジではないでしょうか。
 歴史ある公園などに咲く見事な花が、連日のように報道ご紹介されています。
 
 s20年代の子供のころ、樽本の生家にも鉢植えのフジがありました。
 木の板製の小さな鉢に植えられて、いつも池の水につけられていました。
 
 フジは根がはり過ぎると花をつけないから、水につけて根をいじめているのだ、
 と親から聞いた記憶があります。

 
 【 写真左は、手づくりの藤棚に咲いた今年のフジです。5月1日の撮影です。】
 
 この地に居を移して30数年になりますが、当時、周りはズーット雑木林でした。
 その後、宅地化が進み今は緑地保存地域が、所々に残るのみになりました。
 
 当時、宅地化で伐採される雑木林のフジのツル (蔓) をいただき、挿し木して
 根付かせたのが始まりでした。

 その後、近所の庭に咲くフジの若芽をいただき、見よう見まねの 「接ぎ木」 が
 成功しました。

 
 【 写真右は、藤棚で抱卵中のキジバトです。5月5日の撮影です。】
 
 左の写真の藤棚の中にキジバトが巣作りをして、5月1日から二羽が交代で
 抱卵を続けています。

 冬の間、エサを求めてひんぱんに飛来していた二羽のようです。 
 

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